幻冬舎見城徹社長の部数公開問題について思うこと
幻冬社社長の見城氏が作家さんの部数を公にして大きな問題になっています。
編集者としては、売れた本ならまだしも、売れなくて採算が取れなかった本の部数を、ネットで著者の同意なく公にしてしまうのはやはり問題だと思います。
一種の公開処刑みたいなもんだと思います。
確かに5000部刷って1000部の売れ行きというと、はっきり言って真っ赤、次の本は、よほどのいい企画か、よほどいい仕上がりになっているか、はたまたメディア化が決まっているとか買取があるとかないと、状況を翻すサムシングがないとなかなか手を出しにくい、というのが正直なところです。(あくまでビジネスという視点からです)
だからと言ってそれを公にしてしまうのは商売倫理として間違っているということは、大方の意見と同じです。
それを前提として、筋はちょっと違ってしまいますが、出版社の経営と新人漫画家という面からこの問題を考えてみたいと思います。
これから漫画家になろうという人も、自分が目指す業界に関わることですので、多少は考えてもらっていいかなと思います。
漫画家さんで言えば、打ち切り、次回作未定です。
出版社は最初に原稿料や印税、制作費が出ていき、それを回収しなければつぶれてしまうというビジネスモデル、つまり投資業です。
もちろん、これはいける!と思って本を出すのですが、ダメだった時には速やかに撤退、後退、反省というPDCAサイクルを回していかければ会社はすぐに立ち行かなくなってしまいます。
在庫の山って本当に山なんですよ。。。
そのような事情もあり、私の会社では印刷代などの運転式も必要なく、営業も倉庫もいらない、先行投資が少なくてすむデジタルでのマンガ制作を会社の基本としています。
私は、これまでいつ傾いてもおかしくない中小の出版社を中心に仕事をしてきましたし、現在は独立した身ですので、利益を出すということを強く意識して作品を制作していかざるを得ません。
経営者である見城社長が、その点で、現場の編集者より厳しい見方をされていることは、想像に難くなく、件の発言の中には、金を稼げない奴がガタガタ言ってんじゃねえよということが強く含まれていたと思います。(最初に言った通り、だからと言って部数を公にするというのはNGです)
現場の編集者の多くはサラリーマンですから、自分の作った本が売れなかったせいでいきなり来月の給料がもらえなくなるとか、会社がつぶれるとあまり思っていません。私も若い時はそういう面がありました。
自営業者である漫画家さんからすれば甘い人たち言われても仕方ありません。
極私的な範囲に限って言えば、大手の出版社とその関連会社の多くの人は、自分の会社が明日つぶれるかもしれないという覚悟を持って仕事をしている人はほとんどいないと思いますね。せいぜい社内の異動の心配位でしょう。まあ、言っても大企業ですからね。
もちろん、すべてを今すぐ換金できるという側面から評価していては、新人の育成や、社会的な意義のある出版などできませんので(実はこれも先行投資や、広い意味での投資ですが)、それが間違っているとは全く思っていません。
でも、自身のことで言えば、常にそういう覚悟を持って仕事をしていかないといけないと、厳しく教えられてきました。
私がまがりなりにもこの世界で転職、異動を繰り返しながらも生きてこられたのは、その覚悟と視点を持てという教えがあったからだと思っています。(先日亡くなられた太田出版の元社長の高瀬さんには、こういう面では本当に感謝しています。)
今、自分が独立して、まがりなりにも経営者になった立場から、あえて言わせていただければ(あえてですが)、作家は仕事をして原稿料、印税が最低でも入りますが(未払いの会社のことはここは置いておいて)出版社はマイナスからのスタートです。最初に原稿料、制作費(紙の場合は印刷費。これがでかい)、人件費と、ドカンと金が出ていきます。
もちろん、その本を出すと決めた以上、投資なんですから、その結果は投資した出版社が引き受けなくてはいけないのは言うまでもありません。
一方で、売れない本を書いてしまった作家もまた、売れなかったという責をある程度は引き受けなくてはいけません。(出版社が一所懸命本を売ろうとした、ということが前提ではありますが)
出版社と作家は運命共同体、パートナーなのですから、当然です。
しかし、若い漫画家志望の方と話をしていたり、部下(だった編集者)からの報告を聞くと、出版社が赤字=投資から始まるビジネスをしていること、自分たちが投資されている立場であるという意識があまりない方が結構多いというのが実態です。
漫画家さんの原稿に対して、原稿料を払うことには、仕事に対する対価という側面と、投資という側面があります。
出版社の経営とっては、言うまでもなく、投資の面が強いということを頭の隅に置いておいて欲しいというのが私の思いです。
投資なので、リターンを考えます。
儲からないと思ったら、やはり仕事頼めないんですよ。
そこはどうしても、できるだけそうなりたくないですが、場合によっては厳しい物言いや態度に出ることもあります。(問題なのは、単に偉そうなやつも多いということですね。同業者として情けないですが)
出版社と条件や契約でもっと強く交渉しろ、という作家さんもいらっしゃるし、それが間違いだという気はさらさらありません。
でもそう言ってる彼らの多くは、何と言っても、すでに実績のある、売れてる作家さんです。
野球選手とか見れば一目瞭然ですよね。実績があるから年俸が上がる。なければ下がるし、最悪、解雇。
漫画の世界も実力と実績の世界ですから、そんな世界でデビュー前から、過剰な要求をするのはあまりお勧めしません。
もちろん、交渉に勝って有利な条件を取れることもあるとは思いますが、それでうまくいかなければ次はありません。
売れれば自然と条件が良くなる世界です。印税も入ってきます。(だからと言って新人や売れていない人につらく当たるということではありませぬよ)
私を含め、ほとんどの編集者がそうだと思いますが、自分自身もいい条件で仕事したいし、新人の方にもいい原稿料を出してあげたいんですよ。いや本当に。
ですが、まだ実績のない最初から、印税が低い、条件が悪いといったことで、長々と交渉されると、正直うーんとなってしまうこともあります。
間違いなく売れる!と思ったら、それなりに原稿料も考えます。これも野球のドラフトとか見れば分かりますよね。スター候補には契約金はずみます。
デジタルは最初から印税が出るケースがほとんどです。売れればちゃんと印税でお戻しできます。作家さん方も売れればちゃんと入ってくると思っていただいて、最初はあんまり激しい条件交渉はしない方が、長い目で見ればいい気がします。
ちなみに、デジタルコミックの世界では、会社によって条件がかなり違うので多少の交渉はありと思います。
これは、配信会社との契約条件が出版社によっていろいろと差があるからです。
紙の本の世界とはだいぶ様相が違います。
まあ、物を書くということには、 非商業的な意義ももちろんあるとは思っているけど、独立してやっている人間の一人としては、売れなきゃ生きていけないので…というのも本音なので、その辺はこれから漫画の世界で生きていこうという方は多少でも意識しておいてくいただければ幸いです。
ではまた!
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